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ただキミのことを
言葉さえ

見つけられずに

戸惑った



僅かでも

慰められずに

自責した



どうして僕は

気付けなかった

言葉よりも慰めよりも

ただキミのことを

抱きしめること


                裕 樹



だいぶ前のことのようです、といっても数ヶ月前ですが。
まぁ…何のことかは、見れば御存知の方も多いでしょう。


続きにはそのニュースの記事へのリンクなど…載せておきます。
僕は改めて、生とは何なのか考えさせられました。

これから待っている苦しみだけの生に、喩え意味があっても
いともカンタンに出てきた言葉をかけていいものなのでしょうか。



それは、生を尊むことと言うのでしょうか…


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↑お気に召して頂けましたら、1回づつ…ぽちっと。。



ではでは、続きです。




その記事が、これです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070125-00000069-mai-soci

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070125-00000059-jij-soci



僕は、この裁判官の言う励ませた、という言葉がもどかしい。
励まして、最期まで生きてくれるならきっと誰もが励ましてる。

だけど…みんながみんな、最期まで生きられる訳じゃないから。





回復する見込みがない、そう医師に告げられ途方に暮れる
当人や家族を前に、本当に励ます言葉など、あるのか。

もしこの人が見込みなかった人だとしたら、どうだっただろう。



確かに法では殺しは裁かれる権利はあるが、果たして本当に
世の言う同じ「法」のなかで裁かれて良いことなのだろうか。
勿論、無罪なのもそれはまたそれでおかしいけど。





これから高齢化社会が更に進み、こういったことも増えそう。
この事例を、認めてしまえば更にこういったことは増えるね。
それまでに医療が進めばこの、法を改正することはしなくて済む。

しかし…それに頼ってばかりでは、いけないしね。
そうなってきたとき、残される人間はどうするか、考えが必要。
法だって、いつまでも不動ではいけないものも、あると思う。



自分は励ませない、少なくとも平常心ではね…
みなさんだったら、どうしますか?





自分の親や大切な人から、ラクにして…って言われて、
生きてと励ませますか?

治る見込みのない、そして途方もない苦しみを
潜って最期まで生きてくれ、そう…言えますか?



今の発達した医療ですら追いつけない病、時に無常過ぎますよね。
【2007/01/26 18:46 】 | その他の詩・ことば | コメント(7) |
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コメント

 >アンジェリーナ さま♪

人を裁くとき、一番不必要なのは情だと聴きます。
その事柄に感情や主観は、混ぜてはならないと。

しかし、人を裁く上で全てを知る権利はあると思います。
全てにおいて、人が抱えうる事を、出来る限り裁判官は
把握して、その上で公平に見つめて欲しい、そう思うのです。





こんばんわぁ、アンジェリーナさん。
今回のコメントを見て、やはり今はどこか狂っていると思いました。

もし、これがあの江原さんのような人が
出した結論・言葉ならどうだっただろうか、そうも思いますが…


でも、それを差し引いても生きることに固執するのはどうでしょうか。





生きる、とは生命の鼓動が動いていることではないと思う。
前を見て、何かを掴もうと努力し、生を重んじ、楽しむ。
そんな、人間として「らしさ」を保てていることでは、ないかと。

僕的には、病を抱えた人が同じく生きているとは…思えません。
実際には、「生かされている」のだと…勿論、こうして生きる
我々も生かされているのは事実ですが、そこには自由もあります。
だけど、病に冒された人に自由はありません、そこが違う。



時々、思うことがあります。
医療の発達は、時に生命の在り方を曖昧にしたのだと…
勿論、多方面に人は存在していますから、僕のような考えとは違う、
ただ生きていてくれれば…という人もいますけど…

今の世はどちらかといえば、どちらか片方を支援し
どちらかは斬り捨てる、そういった構造でしかありませんよね。





多方面に発展が進んでいます、多方面に支援があってもいいですよね。
少なくとも法という薄っぺらい物の中で
生の在り方が語られているなど、笑止千万です。
【2007/01/29 18:37】| URL | ゆうき #KRZE5wbw[ 編集] |

ゆうきさんへ
コメント悩みました。
でも、一昨年の12月に亡くなった父のことが頭から離れなくなったので書きますね。
父はパーキンソン病という難病に侵され、15年もの間闘ってきました。
四肢の自由が奪われていく病で、特効薬などなく、ただ進行をわずかでも食い止めるためのリハビリと試験的な投薬で幻影
怯えたりしながら、苦しんできました。通院治療が不可能となり、入院。とうとう家に一度も帰ることもなく、12月の寒い朝、たったひとりで静かに息をひきとりました。
そのことは、私のブログにも綴りました。
早朝病院からの連絡で母がかけつけたときは、既に心停止。延命治療は、母はひとりで事前に病院に必要ないというサインをしていたそうです。ただ植物状態になるしかないということがわかっていたから。
私たちは泣きました。まだ温かい父の体を抱きながら・・・
哀しくて涙が溢れたけれど、一方でもう苦しみから解放された父のことを想うと、少しだけ安らかな気持ちになったのです。
もっと、生きてほしかったという気持ちは勿論ありました。でも、苦しみぬく姿をいつも見ていることしかない辛さに家族皆が胸を痛めていたのも事実です。
この問題に答えは出ないのではないかと思います。果たして、人が裁ける問題なのかとも思います。
だから、皆苦しんでいるのでしょう。
長くなってごめんなさい。今の正直な気持ちを書きました。
【2007/01/28 00:33】| URL | アンジェリーナ #-[ 編集] |

 >ほりたま さま♪

ほりたまさん、こんばんわぁー
コメント、ありがとうございます!


このニュースを見たとき、頭から暫く離れませんでした。
事のみを見れば、確かに人ひとりの命を断っていますし
罪であることに変わりはないのですが…

僕が頭を悩ませたのは、言葉でした。
この人だったら、どのように励ますのだろう、と…



そして、もし自分が直面したときどうするのか、と…
自分はきっと、咎めることは出来ないと思います。
でも…何も出来ない自分をただただ責めるような気もします。










 >しぃ さま♪

しぃさん、こんばんわぁー
コメント、ありがとうございます!


自分が病に侵された時のことは、考えていなかった…(笑)
自分だったら、どうするんだろう…
でも、やっぱりもう見込みがないって言われたら
神頼みをするか奇跡を信じる、それくらいしかないような…
もしくは、遣り残したことを時間のある限り続けるかな?


どちらにしても、今回の人は見出せなかったんでしょうねぇ…
見出せなかったことを、責めることなんて出来ないですよね。

このような切ないことが、今後増えて欲しくはないですね…










 >happylife さま♪

happylifeさん、こんばんわぁー
初めましてですね、コメントありがとうございます!

お褒めの言葉嬉しいです、ありがとうございます!



URL先を覗いたところ、同じく詩を綴っていらっしゃるようで
後日、時間のある時にゆっくりと覗かせて頂きますね!










 >SESAME さま♪

SESAMEさん、こんばんわぁー
コメント、ありがとうございます!


僕も、ずっと頭に残って離れません。
励ませた、その言葉は一体どんなものなのか…
いくら考えど、かけられる言葉は出てこない。



僕の考え方が、足りないだけなのでしょうか…
【2007/01/27 19:52】| URL | ゆうき #KRZE5wbw[ 編集] |

>回復する見込みがない、そう医師に告げられ途方に暮れる
>当人や家族を前に、本当に励ます言葉など、あるのか。


そんな都合のいいことばなんてありません。

本人、家族が自分でなんとかしなくてはいけないのですから。
【2007/01/27 02:06】| URL | SESAME #LxgbKw0U[ 編集] |

こんばんは。
最後の
>>抱きしめること
がとても良かったので、コメントさせてもらいました★
【2007/01/27 00:40】| URL | happylife #-[ 編集] |

難しいですね。
しぃも楽になりたいと思う反面
誰かにそばにいて欲しいと今は思います。
死ぬときに寂しいのはいやだから。
つらくても生きている少しでも楽しみがあれば
自分の人生をまっとうできるかもしれない。

でも 弱虫だからむりかな。
今はもう何年も前から
見込みのないといわれている患者がすこしでも安らかに眠れるような
特別なホスピタルもありますよね。

本当に見込みのないといわれた患者になったとき
すこしでも残りの時間に希望を見出せるか
わかりません。
【2007/01/26 21:34】| URL | しぃ #IUIHwiH6[ 編集] |
素敵な詩ですね・・・
私が もし不治の病なら “楽になりたい・・・”と訴えるでしょう。 大切な人に訴えられたら・・・“頑張って生きて!”と 矛盾した事を言ってしまうかもしれません・・・それが大切な人なら特に(;_;)
【2007/01/26 19:12】| URL | ほりたま #-[ 編集] |
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